名古屋地方裁判所 平成6年(モ)478号 決定
申立人(被告)
松永亀三郎
同
安部浩平
同
太田四郎
同
齊藤孝
同
新井市彦
同
内田敏久
同
木村洋一
同
殿塚猷一
同
山﨑昭平
右九名訴訟代理人弁護士
片山欽司
同
井上尚司
被申立人(原告)
中川徹
同
三浦和平
同
早川善樹
同
早川彰子
同
柴原洋一
同
田中良明
同
中垣たか子
同
小松猛
同
増田勝
同
小木曽茂子
同
天野美枝子
同
河田昌東
同
大嶽恵子
同
大谷早苗
同
竹内泰平
同
杉本皓子
同
小野寺瓔子
同
寺町知正
同
寺町緑
同
大中眞弓
右二〇名訴訟代理人弁護士
松葉謙三
同
斉藤誠
同
石坂俊雄
同
新海聡
同
名嶋聰郎
同
平井宏和
同
矢花公平
同
米山健也
主文
被申立人ら(原告ら)は、平成六年(ワ)第一四八六号損害賠償請求事件の訴え提起の担保として、この決定の確定した日から一四日以内に、申立人(被告)松永亀三郎、同安部浩平、同太田四郎、同齊藤孝、同新井市彦、同内田敏久及び同木村洋一の各人に対し、それぞれ金二〇〇〇万円を、申立人(被告)殿塚猷一及び同山﨑昭平の各人に対し、それぞれ金四〇〇万円を供託せよ。
理由
第一 申立ての趣旨
被申立人ら(原告ら。以下、単に「原告ら」と称する。)は、平成六年(ワ)第一四八六号損害賠償請求事件について、申立人(被告。以下、単に「被告」と称する。)松永亀三郎、同安部浩平、同太田四郎、同齊藤孝、同新井市彦、同内田敏久及び同木村洋一の各人に対し、それぞれ金二億四八〇〇万円の担保を、被告殿塚猷一及び同山﨑昭平の各人に対し、それぞれ金一二〇〇万円の担保を提供せよ。
第二 事案の概要
一 本件本案訴訟の概要
本件本案訴訟(以下「本件訴訟」という。)は、平成元年六月二九日以降も芦浜原子力発電所(以下「芦浜原発」という。)建設計画を維持し、その完成に向けて金員を支出したこと及び平成五年一二月一六日に三重県度会郡南島町の古和浦漁業協同組合(以下「古和浦漁協」という。)に対して二億円を支出したことによって、中部電力株式会社(以下「中部電力」という。)に損害を与えたとして、株主である原告らが、被告らに対し同社の取締役としての責任を追及する株主代表訴訟である。その請求の趣旨及び請求の原因は別紙1「訴状」のとおりであるが、各請求原因事実の骨子は次のとおりである。
1 中部電力が、平成元年六月二九日以降も芦浜原発建設計画を継続したことに伴って六〇億円を支出したことについて
(一) 中部電力は、昭和三八年に熊野灘沿岸地方に原子力発電所を建設する計画を発表し、昭和三九年七月に南島町、紀勢町にまたがる芦浜地区に原子力発電所を建設することを発表した。
それ以降、芦浜原発建設に向けて多額の支出を行っているが、平成元年六月二九日から現在に至るまでの支出は、六〇億円を下らない。
(二) 芦浜原発の建設は、地元住民ら、地元地方公共団体、地元漁業協同組合の強硬な反対にあい、現在に至るまで環境調査すら行われておらず、具体的なめどは全く立っていない。
(三) 原子力発電所は、危険な核分裂生成物を大量に生み出すもので、過去において我国の内外でさまざまな事故を起こしており、その安全性は今日に至るまで必ずしも検証されていない。原子力発電所がすべて、大都市から離れた過疎地に建設され、あるいは、その建設が計画されているのはその危険性が強いからである。加えて、原子力発電の発電コストは、水力発電、火力発電に比較して最も高い。
以上の理由から、現在、脱原発が世界的な傾向となっている。
(四) 芦浜原発建設に向けられた支出の使途には以下のような違法性が認められる。
(1) 昭和五一年七月一三日、当時の中部電力津支店長代理ら同社従業員は、芦浜原発建設に関し、当時の紀勢町長吉田為也に対し三〇万円の賄賂を渡し、右犯罪事実について、昭和五三年、関係者の有罪判決が確定した。
(2) 中部電力は、昭和五三年ころ、紀勢町から三三二一人を、南島町から六七七一人をそれぞれ浜岡原子力発電所に招待し、その費用を負担した。これは、それぞれの町の有権者の七割にも当たる人数であり、当時国会の予算委員会でも問題とされ、通産大臣が「大変遺憾」「中部電力の代表者を呼び…厳重注意した」等と回答せざるを得ない事態となった。
(3) 中部電力は、過疎対策にはならないことを知りながら、あえて「原子力発電所は過疎化を防げる」とのPRを続け、そのために多額の宣伝費を支出した。
(4) 中部電力は、遅くとも昭和六一年ころから、トンネル組織を通じて、地元漁業協同組合員らによって構成される原子力発電所推進派諸団体に対し、その活動資金を供与している。そして、右団体は、漁業協同組合の組合員から、漁業協同組合の総会出席・議決権行使の委任状を買収し、漁業協同組合総会において、原子力発電所建設推進の方向で買収した議決権を行使させている。
(5) 前記した芦浜原発建設に向けた中部電力の地元に対する活動・資金支出は、地元住民の間に原子力発電所建設推進派と同反対派との対立を招き、地域住民の心を荒廃させ、地域社会を破壊している。
(五) 芦浜原発建設のための支出は中部電力に利益をもたらさない。
(1) 平成元年六月二九日以降、中部電力が芦浜原発建設に向けて支出した額は、後記2において述べる二億円を除いても六〇億円を下ることはないと考えられる。なお、昭和三八年の計画発表以来の支出総額は、これに数倍する金額にのぼるはずである。しかし、芦浜原発建設のめどは全く立っていない。それゆえ、右支出は中部電力になんらの利益をもたらさず、むしろ同社の経営を圧迫する。
(2) 中部電力の有価証券報告書総攬によると、芦浜原発建設にかかる総工事費は九六五〇億円とされている。しかし、従前の経緯からすると、芦浜原発建設は極めて困難な状況にあるから、このまま計画を推進するとき、右九六五〇億円全額が無駄になる可能性が極めて高い。
(六) 中部電力は、以上(一)ないし(五)の各事実及び左記①ないし④の各事実を考慮すれば、芦浜原発建設計画を遅くとも昭和六三年中には断念すべきであった。
記
① 昭和六三年二月二一日、南島町の七漁業協同組合が原子力発電所反対の決議を再確認した。
② 同月二八日、古和浦漁協総会で芦浜原子力発電所建設推進派の組合員が、自らの小指を切断するという事件が起きた。
③ 同年三月一日、当時の竹内南島町長が、原子力発電所関連の予算を計上しない旨を表明した。
④ 同月七日、当時の三重県知事が、南島町の原子力発電所予算を一時凍結する旨を表明した。
(七) 被告松永亀三郎、同安部浩平、同太田四郎、同齊藤孝、同新井市彦、同内田敏久及び同木村洋一(以下「被告松永ら七名」という。)の責任
(1) 中部電力は、遅くとも昭和六三年中には芦浜原発建設を断念するべきであり、以降における芦浜原発建設に向けられた同社の支出は違法である。
(2) 被告松永ら七名は、いずれも遅くとも平成元年六月二九日には中部電力の取締役の地位にあったから、善管注意義務ないし忠実義務に基づき、芦浜原発建設断念のために努力すべきであり、また同原発のために向けられた支出を防止する措置を講ずべき法的義務があった。しかるに、被告松永ら七名は、右義務を怠り、平成元年六月二九日以降も漫然と右支出を防止する措置を講ずることなくこれを続け、これにより中部電力に後記損害を与えてきた。
(八) 損害
中部電力は、平成元年六月二九日から現在までの間に、芦浜原発建設のために、六〇億円を下らない金額を支出した。したがって、中部電力は右同額の損害を被った。
(九) 小括
よって、被告松永ら七名は中部電力に対して六〇億円を賠償すべき義務がある。
2 中部電力が、平成五年一二月一六日に古和浦漁協に対して二億円を支出したことについて
(一) 二億円の支出に至る経緯
(1) 中部電力が、原子力発電所を建設するためには、地元漁業協同組合がその有する共同漁業権を組合総会の特別決議によって放棄することを必要とする。そのために原子力発電所建設の可否は、地元漁業協同組合の意向に大きく左右される。
(2) 芦浜原発については、昭和三九年、古和浦漁協をはじめとする南島町の七漁業協同組合が原子力発電所建設反対の決議をし、その後何度か右決議が再確認されて、現在に至っている。(ただし、平成六年二月二四日、古和浦漁協は、後記のとおり右反対決議を撤回した。)
(3) 昭和五〇年代以降、中部電力は、左記方法により、地元七漁業協同組合の懐柔を図り、またその意思決定を歪めようとして諸施策を実行した。
記
① 前記1(四)(2)のとおり地元漁業協同組合員を含む極めて多くの地元住民を浜岡原子力発電所の見学旅行に招待した。
② 前記1(四)(4)のとおりトンネル組織を通じて、組合員の委任状の買収資金となることを知りながら、地元漁業協同組合員らによって構成される芦浜原発建設推進派団体に資金を供与した。
③ 中部電力は、昭和五九年、方座浦漁業協同組合に一億三〇〇〇万円の、平成五年一〇月七日、古和浦漁協に二億五〇〇〇万円の各預金口座を設けるなど、地元漁業協同組合、農業協同組合に合計二四億五〇〇〇万円の各預金口座を設けた。また、実現はしなかったが、昭和五九年初めころには古和浦漁協に対して一〇億円の預金口座を設ける旨申し込んだ。
これらは、いずれも経済的合理性を認められないが、それにもかかわらず、中部電力が各預金口座を開設したのは、必ずしも財政状態の良くない地元各漁業協同組合に対して、預金引上げのおそれによる無言の圧迫を与えるためである。
(二) 二億円の支出
(1) 古和浦漁協理事会は、平成五年一二月三日、芦浜原発建設にかかる環境調査に関し、中部電力から資金の供与を受けることを決議した。しかし、この際には、環境調査を受け入れること、環境調査に伴う補償を受けること、また、資金の具体的な額のいずれについても、決議されなかった。それにもかかわらず、古和浦漁協組合長上村有三他同組合の一部役員は、同月一五日、中部電力伊勢営業所を訪れ、同組合が同社から二億円を受領することを合意した。その際、右上村組合長らは、新聞報道などによれば、中部電力との間で左記①ないし③のとおり覚書を取り交わした模様である。
記
① 中部電力は、古和浦漁協に対して二億円を支払う。
② 右金員は、将来、同組合が芦浜原発建設に伴う環境調査に同意した際に支払う補償金の一部を前渡しするものである。
③ 一年以内に同組合が右環境調査の受入れ決議をしない場合には、同組合から同社に右二億円を返還する。
上村組合長らは、古和浦漁協の理事会や総会を開かず、独断で中部電力と右合意及び覚書を取り交わした。また、中部電力も、同組合内部で右合意及び覚書を取り交わすことについてコンセンサスができあがっていないことを知り、あるいは少なくともあえてそれを確認しないまま、右合意及び覚書を取り交わした。
平成五年一二月一六日、中部電力は、右合意及び覚書に基づき、古和浦漁協口座に二億円を振り込み支払った。
(2) 中部電力は、右二億円の支払いの趣旨を明らかにしないが、右金額及び右覚書からすると、芦浜原発建設に関しての漁業権補償金の一部前渡しの趣旨と解さざるを得ない。しかし、本来漁業権補償金は、漁業権を有する漁業協同組合がその総会の特別決議によって漁業権を放棄した段階で支払われるべきものである。仮に、右二億円が環境調査によって同組合の漁業権に悪影響を及ぼすことに対する補償金の趣旨であるとしても、それは同組合が環境調査受入れを決議した段階で支払われるべきものである。
古和浦漁協は、右二億円の相当部分を生活資金として同組合員に配分済みであるが、同組合は財政状態が逼迫しており、また、同組合員の中には漁業不振のため経済的な困難を抱えている者が多数いる。そこで仮に、同組合が環境調査受入れ決議を一年以内にしない場合、同組合は右二億円を中部電力に返還しなければならないが、右の状況から同組合も同組合員もその返還は不可能である。したがって、同組合員が同組合から配分を受けた資金を返還せずにすませようとするならば、同組合の総会で環境調査受入れ決議に賛成せざるを得ない。中部電力は、このように同組合の意思決定過程を歪めることを目的として右二億円を支出したのである。現に同組合では、右二億円が支払われた後の平成六年二月二四日、芦浜原発建設反対決議を撤回している。
(3) 古和浦漁協の一部組合員が、平成五年一二月二一日、右二億円の支払いについて三重県知事に対して水産協同組合法に基づく検査請求をし、現在その結果を待っている。
(三) 被告らの責任
右(一)、(二)の各事実によれば、中部電力の右二億円の支出は、違法である。
被告らは、いずれも右二億円の支出当時、中部電力の取締役の地位にあったから、善管注意義務ないし忠実義務に基づき、違法な右二億円の支出を防止すべき法的義務を負っていた。
(四) 損害
しかるに、被告らは、右支出の違法性を知りながら、なんらこれを防止することなく漫然として、かかる支出を実施させ、中部電力に二億円相当の損害を与えた。
(五) 小括
よって、被告らは中部電力に対して二億円を賠償すべき義務がある。
二 被告らの主張
1 悪意の意義等
(一) 商法二六七条五項、六項の立法目的は、株主代表訴訟の提起が、場合によっては不法行為を構成することがあり、かかる場合に、被告取締役が、株主代表訴訟を提起した株主に対して取得することのあるべき、不法行為に基づく損害賠償請求権の担保を、予め提供させておこうとするところにある。そうであるとすれば、担保提供の際に要求される悪意も不法行為を構成するとされる要件である提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易に知りえたといえるのにあえて訴えを提起したことで足りると解すべきである。
(二) 経営判断の原則
本来会社経営は、常に多少の危険を伴うものであり、将来の事柄について確実な予測をすることは困難であるから、経営判断事項については、それが企業経営について通常の能力を有する経営者の立場から見て合理的選択の範囲を著しく外れたものでないかぎり、善良な管理者としての注意義務や忠実義務違反として取締役の責任を問うべきではない。
2 原告らの悪意
(一) 芦浜原発建設計画の継続について
(1) 中部電力は、昭和四八年及び昭和五三年の二度にわたるオイル・ショックにおいて、それまでエネルギー源の大半を石油に依存していたことによって深刻な打撃を受けた経験も生かして、電力の安定供給を図るために水力、石油火力、LNG火力、石炭火力、原子力の五種類の電源を平均的に組み合わせる、いわゆる「ベストミックス」の方針を採用し、そのもとで電源開発を推進してきたが、現在に至るも、その電源構成比において未だ石油火力、LNG火力に偏った状況にある。
芦浜原発建設計画は、このような状況を打破するために是非とも必要な計画である。
このことは、昭和五二年六月、芦浜原発計画が、国の「要対策重要電源」(地域共生型原子力発電施設立地緊急促進交付金交付規則二条三号)に指定されたことからも明らかである。この指定を受けた地点については、国が専任の担当官を配置するとともに、関係自治体に対し補助金等を交付して、電力会社が行う立地推進策を支援することになっている。芦浜原発計画は右「要対策重要電源」に指定されて以降、国の全面的な支援を受けて進められている。
原子力発電所の安全性については、既に多くの設置許可取消訴訟、建設・運転差止訴訟の判決においてその都度確認されており、また、その経済性についても資源エネルギー庁の試算により他の電源と比較し優れていることが明らかにされている。
(2) 中部電力は、昭和三八年一一月、原子力発電所建設候補地として熊野灘沿岸の三地点を選定して、三重県に対し、これを提示し、同県は、昭和三九年七月、芦浜地点を原子力発電所建設の適地として正式決定した。これにより、芦浜原発計画は始まった。その後、中部電力は、昭和四〇年までに右発電所の必要用地約三五〇万平方メートルのほとんどを取得した。
次に、原子力発電所建設のための諸手続を進めるためには地元である三重県、南島町、紀勢町及び建設予定地の前面海域に漁業権を有する古和浦漁協と錦漁業協同組合の各同意が必要であり、中部電力はこれらと立地交渉をした。なお、南島町七漁業協同組合のうちで組合総会の特別決議を必要とするのは漁業権の一部を放棄することとなる古和浦漁協だけである。その結果、昭和五九年、南島町及び紀勢町は、原子力発電所立地促進関連の補助金を国や県から受け入れ、昭和六〇年六月、三重県議会において原子力発電所立地調査推進決議が採択された。古和浦漁協も、昭和三九年に原子力発電所反対決議を行って以来、南島町内の七漁業協同組合の中心になって反対したが、平成六年二月二四日、通常総会において右反対決議を撤回する決議をした。このように、計画が発表された後三〇年間を経て、当初計画よりは大幅に遅れているとはいうものの、事態は芦浜原発建設へ向けて、着実に進み始めている。
(3) 平成五年六月二九日開催の中部電力第六九期定時株主総会に先だって、原告一四名を含む反原発派株主一一四名は株主提案権に基づいて芦浜原発立地計画の放棄を提案したため、中部電力は株主に対して議決権行使書でその賛否についての意思表示を求めた。その結果、議決権行使書で議決権が行使された株式数の97.66パーセントの株式を有する株主が、右芦浜原発立地計画の放棄に反対しており、このことからも大多数の株主が芦浜原発建設計画の継続を支持していることが明らかである。原告一四名は、右結論を前記定時株主総会での議事進行のなかで当然に知っていた。
(4) 以上から、芦浜原発建設計画の維持・継続は、中部電力が電力の安定供給をするために必要なものであって、また当初計画よりは大幅な遅れはあるものの建設に向けて具体的に動き始めていること、そして原子力発電所が安全かつ経済的なものであること、これらが明らかであるから、被告らが芦浜原発建設計画を断念すべき理由は全くない。また、大多数の株主は、被告らが中部電力の将来の発展のため右原発建設計画を継続していくことを支持し、被告らに取締役としての義務違反がないこと勿論であると認識している。
(二) 古和浦漁協への二億円の支出について
平成五年一二月八日、中部電力は、古和浦漁協上村有三組合長から同漁協への資金支援の要請を受けた。そこで、中部電力は、漁業経営が悪化すれば着実に膨らんできた立地推進ムードを萎ませることにもなりかねず、また、右漁協や組合員になんらかの支援ができれば、漁業と原子力発電所の共存共栄を希望する中部電力の姿勢を理解してもらえ、海洋調査を受け入れる気運も一層高まると判断して支援策を検討した。その結果、古和浦漁協の多数の組合員は海洋調査の受入れを望み、海洋調査交渉は間違いなく成立すると判断できること、及び海洋調査の実施に当たっては漁業支障に対する実害補償の補償金を中部電力は同漁協に対し支払わなければならないことから、中部電力は、同月一五日、同漁協との間で左記①ないし⑥の条件に合意した上で二億円を預託する旨の覚書を交わし、翌一六日、右二億円を同漁協に対して銀行振込みにより送金した。
なお、中部電力は、右預託金を返還してもらう事態となった場合にも、同漁協は二億円と評価される無担保の宅地を所有していること、及び預託金の全額が一年間に費消されることも想定できないことから、回収不能となることは起こりえないと判断して右覚書を交わした。
記
① 将来、海洋調査について組合との間で合意が成立した場合に支払われることになる補償金の一部を組合に預けること
② したがって、預託される金額は、その補償金の試算額を超えないものであること
③ 将来、海洋調査の実施について組合が同意し、補償金額が確定した場合は、その補償金の一部に充当されるものであること
④ 預託する期間は一応一年間とすること
⑤ もし、預託期間内に充当できない場合には、預託金は全額返還してもらうこと
⑥ その場合の返還方法については別途組合と協議して決めること
以上の次第であるから、中部電力が、古和浦漁協に対し右二億円を預託したことはなんらの違法もない。
(三) 中部電力は、右(一)に主張したように芦浜原発計画について、昭和四〇年までに原子力発電所の必要用地のほとんどを取得し、昭和五二年六月には国の要対策重要電源の指定を受けた。また、南島町は、当初は原子力発電所建設に反対していたが、昭和五九年ころから賛成に転ずる兆しを示し、三重県議会は、昭和六〇年六月、原子力発電所立地調査推進決議を採択した。さらに、南島町内の七漁業協同組合の中心になって原子力発電所建設に反対していた古和浦漁協は、平成五年に建設推進派の執行部を誕生させ、平成六年二月、昭和三九年の原子力発電所反対決議を撤回する旨の決議をした。以上のような経緯にかんがみ、経営判断の原則に照らすとき、被告らが、中部電力の取締役として、①芦浜原発計画を昭和六三年中、遅くとも平成元年六月二九日以降も中断することなく継続推進したこと、②古和浦漁協の要請に応じ同漁協に対して二億円を預託したことは、いずれも中部電力の企業経営について通常の能力を有する経営者の立場からみて、合理的選択の範囲を著しく外れたことをしたとは到底いえない。したがって、被告らは中部電力の取締役としてなんらの義務違反もない。
(四) 原告らの反原子力発電所活動
(1) 原告らは、昭和六三年四月から平成六年三月までの間、中部電力管内において多数の活動団体名を用いて、執拗かつ頻繁に反原発活動を展開している(別紙2「原告らの中電管内における原子力発電反対活動への参加状況一覧表」、同3「別紙2のア〜メの活動の日時場所内容」参照)。右活動のうち、昭和六三年五月一七日から、約一年以上の間にわたり、ほぼ毎日のように昼休みに名古屋市東区に所在する中部電力本店前において「中電前なまむぎなまごめ反原発ランチタイムサービス団」と称するメンバーは、執拗に座込みやビラ配布などの反原発抗議行動に出た。これについては平成元年三月三一日までの間に、原告河田昌東は二六回、同早川善樹は二一回、同中川徹は一七回、同早川彰子は一一回、同杉本皓子は八回、同小木曽茂子は四回、同柴原洋一は二回、同中垣たか子と同大中眞弓はそれぞれ一回参加した。
また、芦浜原発計画についても、平成三年七月二五日、原告柴原洋一らは中部電力三重支店において芦浜原発立地計画に関する公開質問状と申入書を提出したほか、他の原告らもさまざまな抗議や申入れ等をした。
(2) 原告らは、平成元年六月開催以降の中部電力株主総会においても反原発の活動を活発に展開している。同総会以降の原告らの総会への出席状況及び質問状提出、総会での発言、提案権の行使の有無は別紙4「原告らの当社株主総会への関与状況」のとおりである。また、平成二年六月開催の株主総会に先だって、原告らは、株主総会において反原発活動を組織的に展開するために、株式の名義の貸借をしている。
(3) 原告らは、本件訴訟を提起するに当たり、平成六年三月一七日、同年四月九日及び同月二六日の少なくとも三回、大々的に報道してもらうことを目的に記者会見をした。原告らはチェルノブイリ原発事故が起きた日と同じ四月二六日、本件訴訟の訴状提出時には横断幕を掲げて名古屋地方裁判所玄関を入る等のパフォーマンスを行った。原告らが中部電力の被った損害を被告らに賠償させるという商法本来の目的のために本件訴訟を提起したのであれば、このような演出は一切不要なはずである。
(五) 原告らの悪意
以上によれば、被告らは、芦浜原発計画の継続推進、古和浦漁協に対する二億円の支出のいずれについても中部電力の取締役としての善管注意義務ないし忠実義務になんら違反していないことは明らかである。
原告らは前記した芦浜原発建設反対活動を通してこのことを十分知っていたのであり、また長年にわたり執拗に行ってきた反原発活動の一環として、本件訴訟を提起したものに他ならない。
しかるとき、原告らは、被告らに中部電力に対する損害賠償責任がないことを十分知りながら、しかも、被告らに重大な財産的、精神的損害を被らせるとともに芦浜原発計画に悪影響の出ることを意図し、少なくともこれを認識して、あえて本訴を提起したものである。したがって、原告らには商法二六七条六項により準用される同法一〇六条二項にいう悪意が存在する。
3 本件訴訟により被告らの被る損害
(一) 被告らは、原告らから本件不当訴訟を提起され、原告らが記者会見を行ったため、それが三度にわたり新聞等に大きく報道されたことにより精神的にも多大の負担を負い、個人的信用と名誉を著しく失墜させられた。
本訴における被告松永ら七名に対する請求額は六二億円であり、被告殿塚及び同山﨑に対する請求額は二億円であって、被告らが到底個人資産では支払うことのできない金額である。被告らが、かかる多額の損害賠償を請求される本訴被告の地位に立たされることの精神的苦痛は計り知れないものであり、今後もさらに長期間にわたり物心両面の負担が続くことを考えると、その有形無形の損害は実に著しい。
(二) 被告らは、応訴のためには弁護士に訴訟代理を依頼せざるを得ず、弁護士に支払うべき費用及び訴訟遂行のための調査費、記録謄写費用、通信費用、書面作成費用等多額の費用の支出を余儀なくされる。ちなみに、日本弁護士連合会報酬基準によれば、訴額六二億円の場合は着手金報酬金とも右訴額の各二パーセント(一億二四〇〇万円)、訴額二億円の場合のそれは各三パーセント(六〇〇万円)を下らないものとされている。
4 提供すべき担保の金額
(一) 原告らによる被告らに対する本訴の提起は悪意に出たものであり、本件訴訟により被告らが被る損害は甚大であって、被告らが、将来原告らに対し請求する損害賠償額も極めて多額にのぼることも必定である。
(二) よって、原告らに対し、被告殿塚及び同山﨑に対しては、少なくとも右二億円の六パーセントに該る一二〇〇万円、被告松永ら七名に対しては、少なくとも右六二億円の四パーセントに該る二億四八〇〇万円の担保提供を命ぜられるのが相当である。
三 原告らの反論
1 悪意の意義
担保提供制度の趣旨は、株主代表訴訟の提起が場合によっては不法行為を構成することがあり、かかる場合に、被告取締役が原告に対して取得することのあるべき不法行為に基づく損害賠償請求権の担保を予め提供させておこうというところにある。そして、株主代表訴訟の提起が不法行為を構成するのは、その請求が事実的、法律的根拠を欠き、そのことについて知り又は知りうべきであるのにあえて、訴えを提起するなど訴えの提起それ自体が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合など、ごく例外的な場合に限られると解すべきである。
さらに、株主代表訴訟において問題になっている権利関係は、取締役の善管注意義務もしくは忠実義務違反に基づく損害賠償請求権であり、そこで問題となる事実関係は、取締役と会社間の事実関係であり、基本的に、株主が関知しえない事実関係である。むしろ会社は被告取締役に協力的であるのが通常である。したがって、株主代表訴訟においては、原告である株主は、権利等の事実的、法律的根拠についての高度の調査、検討を望むべくもない状況下に立たされているのであるから、憲法により保障された基本権である裁判を受ける権利の行使に他ならない裁判制度の自由な利用が阻害される結果とならないためにも、通常の訴訟に比較した場合、訴訟提起が不法行為を構成することはより例外的であるというべきである。
商法二六七条六項、一〇六条二項所定の悪意の意義もかかる観点から判断されなければならないところ、右悪意とは、原告株主において被告取締役が会社に対して負うべき責任のないことを知りながら、専ら被告取締役を害する企図をもって訴訟を提起したことが必要であると解すべきである。
2 原子力発電所の問題点
(一) 日本弁護士連合会は、第二六回人権擁護大会シンポジウムを「原子力開発と環境保全」というテーマで昭和五八年一〇月二八日に開催した。その報告書は原子力発電所の安全性に関する未解決の問題点として、原発事故の問題、再処理問題、プルトニウム利用問題、放射性廃棄物問題、廃炉問題、労働者被爆問題を指摘する。
また同報告書は、その経済性について「原子力発電所の設備利用率を実際のそれに基づかせ、建設費の上昇、再処理費用の上昇を考慮し、廃止原子力施設の処理処分費用、放射性廃棄物の処理処分費用を費用計算に加えるとkwh当たり11.8円を大きく上回り他の電源の発電コストを上回ると考えられる。」と指摘する。
さらに同報告書は、原子力利用の政策決定過程から計画・立地段階までの行政決定過程についても「第一には法律による行政ではなく、通達や審議会行政が多く、国民の監視のもとにおかれず、原発推進の行政が行われている。また安全基準等も指針という形式で規定されており、法定化されていない。第二に、エネルギー問題が国民生活に直接影響することが大きく、また原発が健康や環境に及ぼすインパクトが重大であるにも関わらず、住民の意思を反映させる制度が明確に規定されていないことである。第三に、政策、計画決定そして安全性審査などの合理性を担保する制度が欠落している点である。」と指摘する。
(二) 被告らが、原子力発電には経済性が認められると反論するに当たって、その根拠とする資源エネルギー庁の平成元年度発電原価試算は、発電原価を減価償却定率法で試算すべきであるのに、原子力発電コストが経済的に有利と見えるように操作するためあえて減価償却定額法を採用している点、設備利用率を七〇パーセントとしているがその根拠は明確でない点、将来の各種燃料価格の動向の見通しの根拠が不当である点、及び原子力発電所の廃止措置費用は少なくとも四〇〇〇億円とすべきところ三〇〇億円としている点において、到底信頼するに足りるものではない。
(三) 原子力発電はこのような問題をはらみ、原告らが常日頃原子力発電について主張していることは、いずれも十分に根拠のあることである。
3 芦浜原発計画の不当性
(一) 中部電力は、二〇年も前のオイルショックの際に生じた問題からエネルギー論を立てるという時代錯誤ともいうべき議論を展開する。しかし、現在は一ドル一〇〇円を切るという円高の経済情勢のもとにあり、我国電力料金は諸外国のそれと比較してはるかに高額であることが大問題となっている。したがって、今後は電力会社も経費を度外視した安易な経営態度を当然に改めるべきであり、電力会社が進める事業についてより厳しい監視の目を向けるべきなのである。
しかるとき、中部電力は、芦浜原発計画について、環境調査さえいつ実施できるかの見通しもなく、漁業権の放棄問題に至っては全く展望を開けないのにもかかわらず、毎年膨大な経費をつぎ込み、将来的にもつぎ込むのであろうが、今や右芦浜原発計画の内容を改めて十分に検討するべきである。
(二) 被告らは、中部電力の株主の支持を得ていることをもって、芦浜原発計画が正当である根拠として主張する。しかしながら、株主代表訴訟は少数株主からの訴訟を認めることによって会社の業務に関して違法な業務をチェックし、その適正化を図るという機能を有する制度であることに想到すれば、被告らの主張が失当であることは明らかである。
4 古和浦漁協に対する支出の違法性
(一) 右支出には、平成五年一一月三〇日に原子力発電所誘致賛成の組合員が古和浦漁協に提出した要望書を受けて、上村組合長が、中部電力に対し海洋調査受入れの基盤を確立するためとして二億円の支援を求めたところ、中部電力はそれに応じて二億円を支出したという経緯がある。その際の覚書の内容によれば右二億円は海洋調査の実施に伴う補償金の前払いであると同時に、古和浦漁協が一年以内に海洋調査の受入れ同意をしなければ、預託金は返還しなければならない。しかし、この二億円の一部は毎年一二月二〇日以降、古和浦漁協から各正組合員に対し、「多くの組合員から当面の経営危機に対する救済措置の強い要望がありましたので、その対応について理事会で慎重審議の結果、正組合員に対し越年資金を支給することに決定しました」と通知した上で、分配を希望する組合員一〇八名に一〇〇万円ずつ、氏名を記入させた単なる預かり証一枚を取っただけで分配されている。この結果、一〇〇万円を受け取った組合員は一〇〇万円を返還しないかぎり、海洋調査に同意しなければならない立場に追い込まれる。
中部電力は、こうした結果になることを見込んで二億円を古和浦漁協に支払ったのであり、それは中部電力が、古和浦漁協の総会の議決権を金で買ったことに他ならない。このような結果を招来する金員の支出は、公益企業としての条理上、信義則上許されず違法である。
(二) 右二億円の預託金の実質は補償金であり、それは本来海洋調査受入れの古和浦漁協の組合総会の議決がない限り支払う必要のない金銭である。しかし、今回の支払いは、右総会もなく、また補償金総額も決まらない段階での支出であるから、中部電力が支払いをする法的根拠がなく、違法である。
(三) 古和浦漁協の平成五年度の漁獲高が九億円余りであり、そのうち養殖によるものが九三パーセントを占める。ところで、海洋調査によって養殖漁業はほとんど影響を受けない上、海洋調査は約一年で終わるのであるから、二億円という額は、海洋調査に伴う実害補償としては多額に過ぎ違法である。
5 よって、本担保提供の申立てにおいて被告らが主張している内容は全く根拠を欠き、被告らが中部電力の取締役として善管注意義務ないし忠実義務に違反すると認められる根拠は十分であり、原告らに悪意は認められない。
第三 当裁判所の判断
一 悪意の意義等について
1 商法二六七条五項、六項、一〇六条二項は、株主代表訴訟において、被告が、原告の訴えの提起が「悪意ニ出デタルモノ」であることを疎明したときは、裁判所は担保の提供を命ずることができる旨規定する。この担保提供制度の存在意義は、株主による濫訴又は会社荒らしによる提訴を防止し、取締役等を不当な訴え提起から保護するところにある。同時に、裁判所が、原告株主に対して、相当の担保を提供することを命じるのは、原告株主の被告取締役等に対する右訴訟が不法行為を構成する場合に被告が将来取得する損害賠償請求権の支払いを確保することを直接的な目的とする。もっとも、右規定にいう「悪意ニ出デタ」という文言の解釈は、右の担保提供制度の存在意義を踏まえるとともに、右文言解釈の結果、株主が代表訴訟を提起することに対して、不当な制約とならないように慎重にその外延を画さなければならない。
2(一) 担保提供制度が、直接的には代表訴訟の提起が将来不当訴訟とされた場合に被告が有すべき損害賠償請求権の支払いの担保を目的とすることにかんがみると、将来、株主代表訴訟の提起が不当訴訟となる可能性のある一定の場合に、予め原告である株主に対して相当の担保の提供を命ずる必要性のあることは明らかである。
訴えの提起が不当訴訟として不法行為となるのは、訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知ることができたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起それ自体が裁判制度の趣旨、目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られている(最高裁判所昭和六三年一月二六日判決・民集四二巻一号一頁)。
(二) 右の点について、原告は、「悪意ニ出デタ」というのは、原告株主において、被告取締役が会社に対して負うべき責任のないことを知りながら、専ら被告取締役を害する企図をもって訴えを提起したときをさすものである旨主張する。
しかしながら、担保提供が右の場合に限られるとすると、過失による不当訴訟の場合を一切除外することとなり、担保提供制度の存在意義を損なうものであって妥当ではない。担保の提供は、将来被告が損害賠償請求権を取得する可能性に備えたものに過ぎず、また、通常は訴訟の初期の段階において疎明に基づいて命ずるものであることを併せ考察すると、原告株主の主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである場合、たとえば、請求の原因の重要な部分が主張それ自体から失当であり、その主張を大幅に補充、変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、又は、被告の抗弁が認められ請求が棄却される蓋然性等に対していやがらせをするなどの不法不当な目的を有するときには、訴権の濫用であるか否かとは別に、株主代表訴訟の提起それ自体が会社制度の健全な運営に対し害となり、ひいては代表訴訟制度の健全な発展を歪めることになる。それゆえに、このような代表訴訟の病理的な側面については、厳密に抑制すべき必要性があるから、裁判所は、不当訴訟である可能性について具体的な疎明がない場合であっても、担保提供を命ずることができる場合がある。
(三) ところで、株主が代表訴訟を提起するには、右のような不法不当な目的とはいえないが、純粋に株主としての利益を守ることの他に、なんらかの個人的な信念、意図、目的、感情等が動機となっている場合が少なくない。
しかし、原告株主が、そうした個人的な信念、意図、目的、感情等を持っていたとしても、取締役等の責任を明らかにし、会社の被った損害の回復を図ることができるのであれば、株主代表訴訟の目的はなお十分に達成されるのであるから、訴えの提起に個人的な信念、意図、目的、感情等が伴っている場合について直ちに担保の提供を命ずべきであるとはいえない。また、原告株主が、右のような信念、意図、目的、感情等を持っているとしても、その内容は多様に分かれ、個人的な信念に基づく社会正義の追求ないしは企業の社会的な責任を裁判の形式を借りて追及するといった公憤に基づく場合もある。そこで、これらを一律に評価し、「悪意」の有無を判断するのではなく、当該株主代表訴訟において問われる取締役等の責任の内容、程度との関連性のもとに総合的に判断しなければならない。
(四) 思うに、株主代表訴訟は、取締役等の会社に対する責任を追及し、会社の損害を回復して株主全体の利益を守るために、株主権を行使することを目的として設けられた会社法上の法制度であって、社会公益を守ることを直接的な目的とした法制度ではない。社会公益を守るという目的は、これが会社法上の法制度の運用あるいは解釈に含まれてくるかぎりでは、法的には会社法上の争点として顕れ、事実上代表訴訟のなかで審理、裁判の対象となることを否定はできない。しかし、原告株主が、当該会社の株主としての利益と全く離れ、単なる個人的な主義主張、政治的、社会的目的等を達成することを企図して提起した訴訟は、たとえそれが会社企業の社会的な責任の矯正・追及という目的や社会公益に適い、一般の社会的正義の実現に向けたものであると評価できる場合であるとしても、株主代表訴訟制度の意義、目的を逸脱したものであり、許されるべきでないだろう。そうした目的を持った原告株主が代表訴訟を提起したと認められる場合、前記したような不当訴訟であるか否かの判断は、株主代表訴訟制度の意義、目的との関連においてさらに総合的に判断すべきことになる。通常は、原則として不当訴訟の意義を前記したような一般的な意義のもとに判定するをもって足りるけれども、代表訴訟制度を他の個人的な目的のために形式を整えて借用しようとする場合については、より実質的に前記基準を適用する態度をもって判定しなければ、右制度の不当な他目的利用を阻止することはできず、ひいては株主代表訴訟が本来の制度目的とは別異のものに奉仕する制度へと一部変容してしまう危険性を避けられないからである。
他方、前記(三)で指摘したような、原告株主の訴えの提起に伴う多様かつ個別的な動因が併存することの一事をもって、常に株主に対し担保提供を命じ、もって代表訴訟を提起することを抑制することになるのでは、少数株主権に基づくこの制度を閉塞させることになり、到底正当とはいえない。
以上に指摘した双面を配慮して考察するとき、原告株主が、専らあるいは主として単なる個人的な主義主張、政治的、社会的目的等を達成することを企図して株主代表訴訟を提起したと疎明された場合、形式的には不当訴訟とはいえないような外観を呈したとしても、右企図は不当訴訟であることの徴表のひとつであるというべきであるから、株主代表訴訟制度という会社法上の裁判制度の趣旨、目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるので、不当訴訟であるというべきである。したがって、裁判所は、訴訟の内容が事実的、法律的根拠を欠いて不当であるとはいえないと一応認められる場合であっても、原告株主が専らあるいは主として個人的な主義主張、政治的、社会的目的等を達成することを企図して訴訟提起に至ったと認められ、主張された事実的、法律的根拠の有無に関する程度内容などとの相関関係において全体的に考察して、前記したような意味でなお不当訴訟であると判断できるとき、原告株主に対して、相当な担保を提供すべきことを命ずべきであると解する。
二 本件における悪意の有無
以上を前提に、本件における悪意の有無について検討を加える。
1 本件本案訴訟提起の目的等について
(一) 被告らは、原告ら全員が長年にわたり反原発活動を執拗に行ってきている者であり、本訴提起も右活動の一環として、中部電力取締役である被告らが推進している芦浜原発建設計画を妨害するために行われたものであると主張する。
(二) そこで検討するに、本件記録によれば、原告ら二〇名は、芦浜原発建設に反対して以下のような種々の活動を行っていることが一応認められる。すなわち、原告らは、別紙2、3記載の反原発集会の開催、座込み、ビラ配りの抗議行動、要求書の提出などをしたほか、第六五回から第七〇回の中部電力株主総会の場において、別紙4記載の反原発活動を展開した。原告ら二〇名は中部電力の株式を購入したりして名義の書換えを受け、原告早川彰子ほか六名は約一六〇〇件にのぼる事前質問書を送付した上、第六六回総会においては強硬な発言をした。原告らのうち一四名は、第六七回総会に出席して一部の者が発言したり、第六八回総会において原告らの一部がビラ配付などの反対活動をし、第六九回総会においては原告らの一部が株主提案権行使にかかる書面を提出して原発反対の活動をし、第七〇回総会(平成六年六月)においては株主提案権を行使し、その書面中において古和浦漁協への二億円の預託金について「当社株主から見てもワイロとしてしか考えられない」とし、複数の株主が平成六年四月二六日株主代表訴訟を提起したと指摘した。また、原告中川徹は「芦浜裁判ニュース」の中で「株主代表訴訟は、原発差し止めの行政訴訟や民事訴訟ではありません。あくまで株主として会社にひいては会社の実質的所有者である株主に損害を与えている取締役に対し、損害の賠償を求める裁判です。したがって、その線に添って訴因が述べられ、論証が行われます。しかし、私たちに裁判を始めさせた意欲も、裁判を継続させる意欲も、その出どころは一〇〇パーセント原発反対というところからです。」「私たち原告は裁判を原告の裁判とは考えていません。原発に反対する人、古和浦の現状を心配する人、中電のやり方に怒る人、その他いろいろな意味で今回の裁判に気持ちを寄せていただける人みんなで進める裁判だと考えています。」などと述べていることなどの事実が一応認められる。さらに、原告ら自身、「芦浜原発建設に関しての中部電力の誤った経営方針を是正するということも本訴提起の目的である。」、「原告らの多くが、原子力発電に対して否定的な考えを持っていること、また、かかる考えに基づいて、市民として、あるいは中部電力の株主として、種々の活動を行っていることは事実である。」などとも主張していることが認められる(原告ら平成六年九月二九日付け上申書八頁、九頁参照)。
こうした事実に照らすと、原告らは、芦浜原発建設反対運動の一環として本件本案訴訟を提起したものであって、原告らの株主としての利益と全く離れ、単純に個人的な主義主張、社会的目的等を達成することを目的として提訴したものと一応認めることができる。
問題は、中部電力の六二億円にのぼる違法な支出について損害賠償請求を求める本件本案訴訟が、原告らが株主代表訴訟を芦浜原発建設反対運動を推進するための方途として採用したという面を否定できないとしても、なお株主代表訴訟を提起することを抑制すべく担保提供を命ずべきであるといえるかである。原告らが被告取締役等の責任の追及をする株主代表訴訟の提起それ自体を不当訴訟であるというには、原告らが専らあるいは主として単なる個人的な主義主張、社会的(あるいは環境運動という市民運動的)な目的を達成することを企図したといえなければならない。
(三) そこで、以下においては、被告松永ら七名は各自六二億円を、被告殿塚及び同山﨑は各自二億円をそれぞれ中部電力に対して支払うことを求める本案訴訟において、原告らが訴状等における請求の原因等として主張するところを、①六〇億円の支出と②二億円の支出とに分けて順次検討し、次いで前記した原告らの企図の存在、その程度内容との関連において、株主代表訴訟という会社法上の裁判制度の趣旨、目的に照らして著しく相当性を欠いた不当訴訟であるといえるか否かを総合的に判断を加えることにする。
2 本件本案訴訟の主張内容について
(一) 芦浜原発計画を維持して六〇億円を支出したことについて
(1) 原告らは、昭和六三年には芦浜原発建設を断念すべきであり、以降における同原発建設に向けられた中部電力の支出は違法であるので、被告松永ら七名は、善管注意義務ないし忠実義務に基づき、同原発建設のために向けられた支出を防止する措置を構ずるべき法的義務があったのに、これを怠り、平成元年六月二九日以降、中部電力に六〇億円以上の支出をさせ、損害を与えた旨主張する。
原告らは、芦浜原発建設を断念すべきであった根拠として、①原子力発電所の危険性、非経済性、②芦浜原発建設に向けられた支出の使途に違法性があること、③同原発建設のめどが全くたたず、同原発のための支出が中部電力になんらの利益をもたらしていないこと、④昭和六三年二月二一日、南島町の七漁業協同組合が原発反対の決議を再確認していること、⑤同月二八日、古和浦漁協総会で推進派組合員が自らの小指を切断する事件が起きたこと、⑥同年三月一日、竹内南島町長が原発関連の予算を計上しない旨を表明したこと、⑦同月七日、田川三重県知事が南島町の原発予算を一時凍結する旨表明したことなどをあげている。
(2) まず、原子力発電所の危険性、非経済性を根拠として、芦浜原発建設に向けた支出を違法であるという点について検討する。
原子力発電所の一般的、潜在的危険性のみをもって原子力発電所を建設しようとすることが直ちに違法となるものでないことは、電源開発促進法(昭和二七年法律第二八三号)、電気事業法(昭和三九年法律第一七〇号)、原子力基本法(昭和三〇年法律第一八六号)、原子力委員会及び原子力安全委員会設置法(昭和三〇年法律第一八八号)、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三二年法律第一六六号)、原子力損害の賠償に関する法律(昭和三六年法律第一四七号)、石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律(昭和五五年法律第七一号)などの諸法令が制定されていること並びに最高裁判所平成四年一〇月二九日判決・民集四六巻七号一一七四頁などに徴して明らかである。たとえば、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律は、原子炉の設置、運転等に関して詳細な規制を定めて原子力発電所の安全性を確保している。石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律は、石油代替エネルギーの供給目標のうち原子力にかかる部分については原子力基本法を尊重して行うことを定めているなどである。
本件記録によれば、芦浜原発建設計画については、昭和五二年六月、国から「要対策重要電源」に指定された(地域共生型原子力発電施設立地緊急促進交付金交付規則二条三号)。そして、芦浜原発については、未だ具体的な基本設計を表明する段階にも達していない模様であって、原子炉及びその附属施設の構造、設計、その他にかかる安全確保対策について論ずる余地もない状況にある。現に、原告らは、本件本案訴訟の請求の原因において、芦浜原発の設置の反対、不当性を強調するものの、進んで芦浜原発の安全確保対策の欠陥についてなんら具体的に指摘することもない。したがって、原告らの原子力発電所の危険性を根拠として原発建設に向けた支出の違法をいう点は、およそ具体性を欠いたものであって、主張自体失当という他ない。
原子力発電所の非経済性についての原告らの主張をみても、芦浜原発の具体的な施設の構造、設備を問うことなく、一般的な経済的効率性に関する見解を述べるに過ぎず、これをもって直ちに原発建設に向けた中部電力の支出が違法となるものではないので、やはり主張自体失当という他ない。
(3) 次に、芦浜原発建設に向けられた支出の使途に違法性があることを根拠として、平成元年六月二九日以降の芦浜原発建設に向けた支出を違法であるという点について検討する。
原告らは、右支出の使途の違法について、①昭和五一年七月一三日、中部電力従業員が紀勢町長に三〇万円の賄賂を交付したこと、②昭和五三年ころ、中部電力が、紀勢町から三三二一人、南島町から六七七一人を浜岡原子力発電所に招待し、その費用を負担したこと、③中部電力が、「原発は過疎化を防げる」という虚偽の内容の宣伝を行い、そのために多額の宣伝費を支出していること、④中部電力が、昭和六一年ころから、原発推進派団体に資金を提供し、右資金が漁業協同組合の総会における委任状の買収に使われていること、⑤中部電力の原発推進のための活動、支出が地域住民の心を荒廃させ、地域社会を破壊していることなどを根拠としている。しかしながら、①②の支出については、原告らの主張する平成元年六月二九日以降の支出ではないし、④⑤の支出については、その事実関係そのものが不明瞭であって、その立証の見込みははなはだ少ないといわざるを得ず、③④⑤の支出については、結局、原告らの主張のみをもっては未だ違法な支出ということはできない。したがって、これらの点に関する原告らの主張も、主張自体失当というべきである。
(4) さらに、原告らは、芦浜原発建設のめどが全くたっておらず、同原発のための支出が中部電力になんらの利益をもたらしていないこと、昭和六三年二月二一日、南島町の七漁業協同組合が原発反対の決議を再確認していること、同月二八日、古和浦漁協総会で推進派組合員が自らの小指を切断する事件が起きたこと、同年三月一日、竹内南島町長が原発関連の予算を計上しない旨を表明したこと、同月七日、田川三重県知事が南島町の原発予算を一時凍結する旨表明したことを根拠として、平成元年六月二九日以降の芦浜原発建設に向けた支出を違法であると主張する。
この点については、本件記録によれば、昭和六三年二月二一日、南島町の七漁業協同組合が原発反対の決議を再確認していること、同月二八日、古和浦漁協総会で推進派組合員が自らの小指を切断する事件が起きたこと、同年三月一日、竹内南島町長が原発関連の予算を計上しない旨を表明したこと、同月七日、田川三重県知事が南島町の原発予算を一時凍結する旨表明したことなどの事実は、一応これを認めることができる。しかしながら、原子力発電所の建設には地元自治体の理解を得た上、原子力発電所から放出される温排水や防波堤等の工作物の設置によって影響を受ける海域に漁業権を有する漁業協同組合の同意を得ることは不可欠のため、この同意を得るために長年月を要することが多く、また、その間にさまざまな紆余曲折のあることも稀ではないのであるから、これらの事実があったからといって直ちに原発建設を諦めるべきものということはできない。むしろ、本件記録によれば、中部電力は昭和四〇年までに発電所建設の必要用地三五〇万平方メートルのほとんどを取得したこと、昭和三八年一一月の後ころ、紀勢町町議会は建設賛成の決議をし、紀勢町の錦漁業協同組合も同様の総会決議をしたこと、古和浦漁協が平成六年二月二四日の通常総会において昭和三九年に行った原子力発電所反対決議を撤回する決議をしたこと(特別決議が必要とされるのは漁業権の一部を放棄することとなる錦漁業協同組合と古和浦漁協だけである。)などの事実が一応認められる。
右認定事実に照らすと、中部電力が、平成元年六月以降の芦浜原発建設のためにした支出を違法という余地がないことは明らかであり、また、取締役等の責任を判断する際には必ず考慮されるべきであると解するいわゆる経営判断の原則をも考慮すると、平成元年六月以降はもとより昭和六三年以降についてみても、原発建設のための支出を防止すべき善管注意義務ないし忠実義務が被告らに課せられていたということのできないことが明らかである。
したがって、結局、これらの点に関する原告らの主張は、主張自体失当という他ない。
(5) 加えて、原告らの主張する平成元年六月二九日以降の芦浜原発建設のための支出が六〇億円以上であるという点についてみても、その根拠が十分ではないことはその主張自体からも窺われ、立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由があるというべきである。
(6) 右にみたとおり、原告らの主張はそれ自体失当であるか、立証の見込みが低いものであることが認められ、そして、これらは原告らの主張の内容そのものに関することであるから、原告らは、右のような事情を認識しつつあえて訴えを提起をしたものと認められる。
(7) 原告らが、反原発運動の一環として、単なる個人的な主義主張、社会的(あるいは環境運動という市民運動的)な目的を達成することを企図して本件訴訟を提起したと一応認められることは前記1(二)記載のとおりである。そして、芦浜原発計画を維持して六〇億円を支出したことが違法であるとの原告らの主張の理由がないことも、前記(1)ないし(6)において説示したとおり明らかである。
以上二つの点を併せて総合的に考察するとき、原告らは、本件本案訴訟のうち六〇億円の支出に関する請求部分の提起が不当訴訟の提起であることを認識していたと認めることができる。したがって、原告らは専らあるいは主として個人的な主義主張等の目的を達するために本件訴えを提起したか否かを判断するまでもなく、右の訴えが「悪意ニ出デタ」ものと認めるべきである。
(二) 古和浦漁協に対して二億円を支出したことについて
(1) 原告らは、中部電力が平成五年一二月一六日に古和浦漁協に対して預託金二億円を支出したことについて、右支出は違法であるので、被告らは善管注意義務ないし忠実義務に基づき、右違法な支出を防止すべき義務を負っていたのに、これを怠り、中部電力に対し二億円の損害を与えた旨主張する。
原告らは、右二億円の支出が違法である根拠として、①二億円を古和浦漁協に対する預託金として交付したが、この預託金は実質的にみて漁業権補償金の一部前渡しであるとするならば、同漁協が本来は総会特別決議において漁業権放棄を決議した段階で支払われるべきものであるのに、そのような決議がないまま支払われたこと、②右預託金二億円は実質的にみて古和浦漁協に対する環境調査に伴う補償金であるとするならば、同漁協が本来は環境調査受入れを決議した段階で支払われるべきものであるのに、そのような決議がないまま支払われたこと、③預託金二億円が実質的にみて補償金等の支出であるとすると、中部電力が芦浜原発建設のためには同漁協の漁業権放棄の特別決議を必要不可欠とする事情から、その方向に古和浦漁協の意思を誘導すべく、その意思決定過程を不当に歪めるものであることなどをあげている。
(2) 本件記録によれば、古和浦漁協に対する支出は、将来海洋調査の同意が得られたときに支払われる補償金の一部に充当されるべき金員を同漁協の求めに応じて預託したものであること(三重県知事は、平成六年四月二八日、右支出は補償金に当たらず、違法性はない旨の検査結果を発表していること)、同漁協の有する土地(南島町大字栃木竃字浜谷一八番五宅地四九五〇平方メートル)は約一億九八五〇万円の価値があること、被告らは平成五年一二月八日同漁協の上村組合長から要請を受けて社内的に検討した上で同月一五日同漁協との間で海洋調査に関連して預託金を支払う旨の覚書を交わしたこと、その覚書には、中部電力は、海洋調査に伴う古和浦漁協の損失額(覚書は、これを「補償金」と称する。)を支払うこと、同漁協に対し補償金の一部として二億円を預託すること、預託金は海洋調査の実施に漁協が同意して補償金が確定した時にこれに充当すること、漁協は一年以内に補償金の確定できないときは返還すること、この返還方法は別途協議することなどを大綱とする合意内容の記載があること(疎乙第八号証の三)、原告らは二億円が預託金であることを知っていることなどの事実を一応認めることができる。
右認定事実に照らせば、原告らは、右二億円の支出は預託金であることを知りながら、なお実質的に評価すると、前記した理由から違法であると主張するところ、海洋調査に伴う損失の意味内容、預託金の額、覚書の内容、組合の意思決定の仕方などから考慮するとき、預託金の二億円全額について果たして被告らが主張するようになんらの問題もありえないことであるかは、いわゆる経営判断の原則をも考慮したとしても、なお現段階において即断はできない面を残すこと、他方、原告らが右預託金全額が違法な支出であるとするためには、預託金を支出するための動機、背景情況として原発建設促進の一方策としての面がないとはいえないとしても、中部電力は、既に経営上の重大な決定として原発建設計画を下し、社内の単なる内部策定案の形成という段階からかなり前進した段階にある以上、原発建設という巨大プロジェクトの総工事費の程度などを考えると、右二億円の全額が直ちに違法といえるかは相当に微妙な判断となること、以上の検討によれば、本件本案訴訟のうち二億円の支出をめぐる部分の訴えの提起は、現在の時点で、その主張に照らして、直ちに事実的、法律的根拠を有するものといい難い面があるが、直ちに総て事実的、法律的根拠を欠く理由のない不当訴訟であるとまでは断定することもできない。この意味で、一応、原告らの本件本案訴訟の提起は不当訴訟ではないとするのが相当である。
しかし、前記したように、原告らが、本件本案訴訟を原発建設反対運動の一環として位置づけて、この個人的、社会的な目的を達成するために、株主代表訴訟を提起していること、そこでは、被告松永ら七名に対して六二億円の損害賠償請求を求めているが、うち六〇億円の賠償請求は事実的、法律的根拠を欠き、不当訴訟であることは前記したとおりであること、二億円の損害賠償請求は総て事実的、法律的根拠がないとはいえないが、他方総て事実的、法律的根拠があるともいえないことにかんがみれば、右二億円の損害賠償請求についても、原告らは専らあるいは主として個人的な主義主張、社会的目的を達成することを企図して本件本案訴訟を提起したものと認められる。そして、二億円の支出に関する訴訟の内容が事実的、法律的根拠を欠いて不当であるとはいえない場合ではあるが、その事実的、法律的根拠の内容、程度は前記したようなものであることと相関連して全体的に考察するとき、二億円の損害賠償請求の部分を六二億円の損害賠償請求のなかから取り出してなお別異の評価を下すような関係にはなく、いわば株主代表訴訟に仮託して自己の芦浜原発反対運動を推進するものと認められるので、結局、不当訴訟であると判断するのが相当である。
なお、被告殿塚及び同山﨑の二名に対しては、六〇億円の損害賠償請求はないが、原告らの評価、その他については、被告松永ら七名に対する場合と同様に判断する。
3 以上によれば、原告らには、本件本案訴訟の提起の総てについて悪意があるものというべきである。
三 担保の額について
1 株主代表訴訟を提起した原告株主について悪意が認められた場合、原告株主に提供を命ずべき担保額を決める際、その担保は右訴訟の提起が不法行為を構成するときに、被告が将来取得するであろう損害賠償請求権を被担保債権とするのであるから、被告が被ると予測される損害額を考慮すべきことはいうまでもない。そこで考慮すべき要素としては、右のほか、不法行為となる蓋然性の程度、悪意の態様程度、代表訴訟における被告の人数、その他右訴えの提起に関する諸般の事情を総合的に考慮した上、裁判所の裁量により決めることができると解すべきである。したがって、被告らが主張するように、担保額を形式的に請求金額の一定割合としたり、常に被告が被るべき損害額の全額に相当するような額とするのは相当ではない。
2 しかるとき、本件においては、原告らは、被告松永ら七名に対して六二億円の損害賠償請求について、また、被告殿塚及び同山﨑の二名に対しては、二億円の損害賠償請求について、それぞれ前示した次第により悪意であることを認めた。したがって、原告らは、前示した考慮要素を総合的に判断するとき、本件本案訴訟について、被告松永ら七名に対して各二〇〇〇万円の担保を、被告殿塚及び同山﨑の二名に対して各四〇〇万円の担保をそれぞれ提供すべきであると命ずるのが相当である。
第四 結論
よって、被告らの本件各申立ては、いずれも理由があるからこれを認容し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官稲田龍樹 裁判官松並重雄 裁判官上野正雄)
別紙〈省略〉